2020年4月、民法改正の影響を受けて、残業代請求権の消滅時効の期間が2年から3年に延長されることが決定しました。
会社で適正に残業代を支払われていない方にとって、より多くの残業代が請求できるのかどうかなど、気になる方もいらっしゃるでしょう。
本コラムでは、未払い残業代で悩んでいる労働者の方に向けて、残業代請求権の消滅時効期間が延長される理由や会社に残業代を請求する方法などについて、弁護士が解説します。
残業代が発生することで、労働者は会社に対して残業代を請求する権利(残業代請求権)を取得します。
このように、誰かが誰かに対して何かを請求する権利を「債権」といいますが、債権には「時効」が設けられています。
時効が成立した場合、相手方から時効の成立を主張されれば債権は消滅するので、請求しても裁判では認められません。
2020年4月より以前の残業代請求権の時効期間については、請求できる状態になってから2年で時効が完成すると定められていました(労働基準法第115条)。
請求できる状態になった時点など、時効期間のカウントがスタートする時点を時効の起算点といいます。残業代請求権の時効の起算点は、未払い残業代が支払われるべきであった給料の支給日です。
その日から2年が経つと、原則として時効が完成し、会社から時効の成立を主張されると残業代の請求が裁判では認められなくなります。
しかし、120年ぶりの民法改正の影響を受け、残業代請求権の時効期間が「2年」から「3年」へと延長されることが決定しました。
残業代請求権の時効期間が3年に延長されるのは、2020年4月からです。
労働基準法は第115条で賃金請求権の時効期間を2年と定めていますが、この法律が改正されて時効期間が3年となり、2020年4月1日から施行されます。
そのため、2020年4月1日以降に支払われる賃金については3年の時効期間が適用されます。
しかしここで、「そもそも、残業代請求権の消滅時効が3年に延長されたのは、なぜ?」と思われた方もいらっしゃるのではなのでしょうか。
これは、「民法」と「労働基準法」の関係が影響しています。
もともと改正前の民法では第174条で、賃金債権の時効は1年と定めていました。
しかし、1年では短すぎるので、労働基準法が労働者を保護するために2年に延長していたのです(労働基準法第115条)。
ところが、今回、改正民法によって第174条は削除され、賃金債権の時効期間が5年に延長されました(民法第166条第1項)。
そうなると、労働基準法第115条で定める2年の時効期間の方が民法第166条第1項で定める時効期間よりも短くなってしまい、労働者保護を目的とする労働基準法が、かえって労働者の権利を制限してしまう矛盾が生じました。
そこで、労働者側は、政府に対し、民法改正のタイミングに合わせて賃金請求権の時効期間も5年に延長するよう求めていました。
これに対し、企業経営者側は「5年では負担が大きすぎる、従来通り時効は2年のままにすべきだ」と主張しました。
残業代請求をされた際、これまでは最長でも2年分の残業代を支払えばよかったのに、5年分もの残業代を支払わなければならないとなると、会社の負担がかなり大きくなります。
そのため「企業にとって負担が大きすぎる!」と、反発が大きかったのです。
労働者側
「残業代の消滅時効は、民法改正に合わせて5年にすべきだ!」
企業経営者側
「負担が大きい。従来通り、2年のままにすべきだ!」
このように、労働者側と企業経営者側の双方の意見が対立することになりました。
そこで国は、最終的には企業経営者側に配慮し、間をとって消滅時効を当面は3年とする折衷案で話をまとめました。
以上のような経緯で、未払い残業代請求権等の賃金債権の消滅時効が2年から3年に延長されることになりました。
今回、未払い残業代請求権等の賃金債権の時効が3年とされたのは、あくまで暫定的な措置です。本来は民法の時効期間と労働基準法の時効期間を合わせて、5年にするべきだからです。
そこで、2020年4月の改正労働基準法の施行後、「今後5年間は様子を見て、改めて残業代の時効を5年へ延長するか検討予定」となっています。
2025年に近づく頃には、また残業代の消滅時効を5年に延長すべきかどうかの議論が活発になり、ニュースなどでも話題にあがることが予想されます。
ただし、その際にも企業経営者側による反対が強ければ、現状の3年ルールが将来も続く可能性があります。今後のどのような動きになるのか、注目されます。
ここまで聞くと「2020年4月1日になれば、直ちに3年前の残業代請求権についても時効にかからなくなるんだ!」と、思ったのではないでしょうか。
ですが、これは間違いです。
3年の時効期間が適用されるのは、2020年4月1日以降に発生する賃金債権です。
つまり、最低でも2022年4月1日を過ぎないと2年以上前に発生した残業代請求権については、中断や停止といった事情がない限り、時効が完成してしまいます。
勘違いしやすいポイントですが、しっかり覚えておきましょう。
例えば、2022年12月25日に、2019年12月25日から2022年12月25日までに発生した残業代の請求を行ったとしても、2019年12月25日から2020年3月31日までに発生した残業代請求権については、2年の時効期間が適用されるため、中断や停止といった事情がない限り、時効が完成していることになります。
しかし、2020年4月1日から2022年12月25日までに発生した残業代請求権については、3年の時効期間が適用されるため、時効が完成していないということになります。
ここまで読んで、
「3年前の残業代請求について時効が成立しないという効果が生じる2022年4月以降に残業代を請求する方が得じゃない?」
「今は請求しない方がいいのでは?」
と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
では、残業代を請求するタイミングは、いつが良いのでしょうか?
①自分が請求したいと思ったタイミングで請求してOK
結論から言うと、自分が請求したいと思ったタイミングで構いません。
時効期間が延長されるからといって、残業代請求を先延ばしにするメリットは特にありません。
そもそも、消滅時効の延長についての効果が生じるまで、残業代を請求するのを我慢するというのは現実的ではありません。
また、残業代請求を先延ばしにすると、証拠集めなどが困難になるなど、請求する労働者側にとっても負担が大きくなる一面もあります。
今回の法改正に振り回されず、ご自身が請求したいと思ったタイミングで、早めに残業代請求をすると良いでしょう。
②請求のタイミングに迷ったら、弁護士に相談しよう
ただし、退職の予定がある場合は、退職後にまとめて請求するとお考えになる方もいらっしゃると思います。
残業代請求では、証拠集めや会社との交渉などにおいて法的な知識が必要となります。
もし、将来的にまとめて未払いの残業代を請求しようと考えている方がいらっしゃいましたら、検討段階で弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
未払い残業代を請求するとき、
という大きく3つの方法があります。
そこで、それぞれの違いを簡単に解説します。
ご自身で請求することは、あまりお勧めできません。
法的知識がない一般の方が、企業という組織相手に戦うことは、非常に大変だからです。
会社に対して残業代を請求する場合、有効となる証拠集めや正しい金額の計算、会社との交渉が必要となり、手間も時間もかかります。
また、そもそもご自身から直接会社に請求すると、まともに対応してもらえないということも少なくありません。会社が弁護士に対応を依頼した場合には、より一層ご自身では太刀打ちができなくなってしまう可能性があります。
さらに、会社との話し合いで解決できなければ、労働審判や訴訟等の公的な手続きを利用しなければ残業代を支払ってもらえないことになります。
労働問題の相談というと、「労働基準監督署」を思い浮かべる方も多いでしょう。
ですが、労働基準監督署は残業代が支払われていない場合、会社に対して支払うように指導・勧告はしますが、裁判所のように支払いを命じることはできません。
残業代の相談先として、一番最適なのは弁護士です。
弁護士に依頼する最大のメリットは、ほぼすべての手続きを弁護士に依頼できることです。
弁護士に依頼すれば、お手持ちの資料に基づいて残業代を計算することも可能ですし、お手元に資料がない場合でも会社に対してタイムカード等の証拠の開示を求めたり、場合によっては証拠保全手続等を利用して証拠を集めることも可能です。
弁護士であれば交渉のみならず労働審判や訴訟となった場合でも任せることができ、ご自身から会社に対して直接請求するよりも早期解決を図れる可能性が高まります。
このような違いがあるため、より確実に未払い残業代を支払ってもらうためには、弁護士へ相談するとよいでしょう。
次に、弁護士に残業代請求を依頼した場合の一般的な流れを説明します。
まず、法律事務所に電話やメールなどで問い合わせて、相談に行きましょう。
面談に行くタイミングで手元にタイムカードなどの資料があれば、弁護士にその資料を提示して有効な証拠になるかどうかについての判断を求めることも可能です。
もちろん、手元に資料がなくても相談に行って構いません。
最近は無料相談をしている法律事務所も多くあります。
まずは、気軽に相談に行ってみるとよいでしょう。
手元に証拠がない場合は、残業代を請求するための証拠を集める必要があります。
弁護士から証拠集めの方法についてアドバイスを受けられますし、弁護士を通して会社に対して資料の開示を求めることも可能です。
収集した証拠をもとに、弁護士が残業代を計算します。
ベリーベスト法律事務所では、ご依頼前でも利用できる「簡易残業代チェッカー」をご用意していますので、ご依頼前に概算を知りたい場合は、こちらをご活用ください。
>簡易残業代チェッカー
未払いの残業代を計算したら、弁護士が会社に対して内容証明郵便を利用して未払い残業代を請求します。
話し合いで解決できれば、未払い残業代についての合意書を作成し、会社から支払いを受けることができます。
会社との交渉が決裂した場合には、労働審判や裁判等の公的手続を利用しなければ、未払い残業代の支払いを受けることはできません。
労働審判や裁判等で未払い残業代があることが認められれば、当該判断に基づいて未払い残業代を支払ってもらうことになります。
※上記の流れは、あくまで一般的なケースです。場合によっては、交渉を行わずに労働審判や訴訟の手続きを取るケースもあります。
証拠集めや請求の手続きに時間がかかってしまいそう……こうしている間にもどんどん時効が成立してしまい、請求しても認められる残業代が減っていってしまう……どうしよう……。
こんな時には、時効を「中断」または「停止」させれば、時効の成立を遅らせることができ、認められる残業代が減ることを回避できます。
①時効の中断とは
時効期間が進行している場合に、会社が支払い義務を認めたり(承認)、訴訟を提起する(請求)・差押えなどの裁判所の手続きを取ること(差押え、仮差押えまたは仮処分)で、時効期間を当初に巻き戻すことをいいます。
訴訟によって中断させた場合には、10年間時効が延長されます。
②時効の停止とは
未払い残業代の請求(催告)をすることで、時効期間の進行を一時的に停止することをいいます。
時効の停止による効果は6か月間の時効延長です。
具体的には、未払い残業代を請求する旨を記載した内容証明郵便を送ることで時効を停止することができますが、時効が停止するのは6か月間だけなので、6か月経過すれば再び時効が進行してしまいます。
ただし、6か月以内に訴訟を提起すれば、その時点で時効が中断されて、時効期間は当初に巻き戻されることになるのは①で説明した通りです。
時効の中断や停止に失敗すると、時効が成立してしまい、相手方から時効の成立を主張されれば、残業代請求が認められなくなるリスクも発生します。
適切に対応するには法的知識とノウハウを要するため、残業代請求をお考えであれば、まずは弁護士へ相談することをお勧めします。
2020年4月から施行される改正民法により、時効の中断と停止の概念も変わります。
これまで、当事者間で協議しているときにも時効の完成を阻止するために、裁判の手続きを取るなどの手間が生じるケースもありましたが、上記規定が新設されることで、そういった手間はなくなります。
2020年4月1日から施行される改正労働基準法における残業代請求の時効期間は、暫定的であり、今後の動向を見守っていく必要があります。
ですが、時効が2年にせよ、3年にせよ、毎月未払いの残業代が発生している方は、請求せずに放置していると、どんどん時効によって権利が失われていきます。
未払い残業代が発生している場合は、なるべく早く会社に請求すべきでしょう。
また、退職後にまとめて請求しようと考えている方であっても、証拠集めは在職中から進めておく必要があります。
会社から適正に残業代が支払われていない方や、どれくらい残業代請求できるのか知りたい方、会社に残業代を請求したいと考えている方がいらっしゃいましたら、ベリーベスト法律事務所までお気軽にご相談ください。
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